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千 年 の み ち

“渡り鳥” が描く今と未来               たちばなマルコ

 来る道、行く道 < おぼろ >

来る道、行く道 毎日が誕生日 変人寄人さあ大変

 

万葉の時代、男女は葉っぱに文字を書いて心を伝えた。

ある直観優れた先輩S氏は、新鮮な葉っぱを届けてくれる。
恋文ではない。

「満瑠壺よ、病院はアカン。養生院にせな!」
そうやなぁ、病院へ行ったら病気になる。

私は数多くの病名をもろた。
めったにない『猪咬症』なんてのもあった。
保険適用にするため、病気が増える。

 

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            オボロ饅頭
   http://12345milk.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_c46c.html

 


S氏は先頃、『朧ろオボロ』という題で
スッと魂にしむ葉っぱを送ってくれた。

認知症という言葉はいかにも脳が劣化したという見下げた病気
 という感じがする。これは“おぼろ”であって、時節に応じて
 体を快にするための適応である」

さらに、おぼろの奥さんと豊かな時間を過ごす内に

「おぼろは母親の胎内感覚へ戻ることのようである・・・・
 脳思考を止めて体思考への回帰ではないかと感じる」

日々という一幕でその味わいを深める時のなか、
直観的にとらえた真理である。

おぼろは幸せである。

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                おぼろ三兄弟
            http://item.rakuten.co.jp/toyamaya/5-1005/#5-1005

論理力と意志力が居眠りし出す年よりには

   穏やかな時に身を任せる人

   直観のさえを折々見せて天の則に任す人
        <法爾自然>

   妄想にかられた禍をまき散らす時を過ごす人

   満たされぬ心で徘徊と暴力の荒れた時を過ごす人

   ・・・

と頸をかしげる多様さが待っている。

 

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        http://freebies-db.com/free-photo-fujisan-blue.html

 

 

何千年も昔のインドの智慧によると、これらはアラヤシキによるものだ。
アラヤシキは根本心ともいい丹田にある。言ってみれば野生の馬。

本人の辿った生き様と修行のほか、いのちの連鎖で何万年もの
全記憶の貯蔵庫がアラヤシキである。

おぼろに包まれ直観を見せる人はまれで、
アラヤシキの働きをうまく調教したのであろう。

これまたインドのヒンドゥーの葉っぱに書かれていることがある。
四つの人生期の最後には清々しく悟りすんだ冬の遊行期があるという。

安らかな死に備える静謐(セイヒツ)なこの老年には、
“おぼろ” や “ぼけ” はなくてはならない。

 

 

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                おぼろの月夜
             https://www.youtube.com/watch?v=x92zbJlCDk0


幸せな時を遊行する奥様のおぼろ、
まことに優れた名付けだと感心する。

“おぼろ”や“遊行”というまことの境地をみぬくには、
きっと純な魂からの直観が働いたに違いない。

 

 

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               マルコ大好き おぼろとうふ
         http://blog.goo.ne.jp/fuekitty/e/d88f7fed4ff710b121dbfd490c1bb9b9