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千 年 の み ち

“渡り鳥” が描く今と未来               たちばなマルコ

来る道、行く道 <孤独さまざま>

心の通じる一人は、孤独に見えて寂寥はない。                かえって満たされる

     ある高齢婦人が述懐する。

阪神大震災被災して、招かれ子供の所へ身を寄せました。
 けれど、すぐにまた戻りました」
「どうしてですか?」
「一人暮らしの孤独は何とでもなります
 家族内での孤独の寂しさには耐えられません」

それは、家族であろうと、集団であろうと同じだろう。

「集団の中で感じる孤独っていうのは途轍もなく辛かったです」
とある若者がためいきをつく。
それは人々が楽しそうにしているのに、というコントラストに
居場所だと思ってたそれが無いなっていう失望感が加わる。

誕生日などを祝って、年老いた親を招くのはよくあるが、
えてしてぽつねんと邪魔にならぬようひっそり隅っこで            丸こくなっている姿をみかける。
若い者同士は自分たちの世界だけで騒いでもりあがって、それをよしとする。
自己満足で、交流がないのだ。

そんなときに、弱い老人に降りてゆき寄り添う柔軟な若い人がいる。
つくづく、えらいなとおもう。

人の心は“安らぎの居場所”をもとめる。そこにいて、

温かみを感じること 優しい眼差しでいい
存在感があること  裁縫でもなんでも手伝いたい、甘え+協力半々
通いがあること   おちゃでも昔話でもいい、ゆっくりした交流

一人で寂寥の孤独感を消すのは単純だ、

近所の人がくる事を喜ぶ、好きなことをする
不要な気遣いや行き違いのない距離を保つ
奥深い自然が身近に寄り添うよう、目を転じる


          角たてずトーフ踊って喜ばせ
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自分の足が利く限り、一人を選択するのも別に悪いことではない。