平安なくして
喜びなくして
なんの長寿ぞ
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長期出張するので、報告しようと母上に会いにゆきました
この一年半、ずっと気が狂って妄想に彷徨(サマヨ)ってられるのです。
それは長寿の老いによるものだけではなく
マルコが約束を破って希望を失わせたからなのです。
だから、一年半ほどはマルコを敵と見なしてられたんです。
長い長い夜の闇の中で叫びののしりが響きました。
「いやよ、あっちへゆけ」
「うるさい、うるさい、だまれ!!!」
「こんなところろくなことない!」
「くさい!やめて」
延々と打ち寄せる苦の波打ち
マルコが肩をさすってさし上げると
体をこわばらせて
「しね、しね!」と
細くなった古木のような腕で払いのけられました。
その時の顔はイカリと、深くも悲しい苦しみにみちておられました
体は骨と皮
逞しかった脚は見る影などどこにもなく
幾年も晒された枯れ木のようになりました。
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マルコ、台湾高雄へまいります・・・と知らせに来た今日は
真っ赤で目やにまみれた開かない右目では見えないらしく
左の目をうっすらと開いてマルコへまなざしを向けて下さる。
いつもと違った穏やかな雰囲気を感じながら
聞こえやすい右耳もとでささやきました。
すると「マルちゃん来てくれたの!」と
分かってくれるではありませんか。
そして、「マルちゃん、いくつ?」としきりに尋ねられる。
指三本と五本を立てて示すとちゃんと分かったようで、
「35才になったの若いわねぇ」
「それにしては髪が白くなったね」とか、
「あ!禿げてる」とかいって笑ってくださる。
マルコ「そうなんよ、苦労が多いもんで」というと、
「私の少し分けてあげる」とか
「おどけているわねぇ」
「・・・」
今晩はなぜかにこやかで体から力を抜いて、くつろいでられる
独りごとのように「私のかわいい、むすこ・・・・」とつぶやくのです
母はいっ時でしょうか、大いなる母上に戻られました。
世のいたる所にいる見返りを求めぬ偉大な母上達であります。
台湾へ行くよといえずじまいだったのですが、
熱くなった目で伝えて翌日帰ったのでした。
父も母も微塵たりとも見返りを意識もせず、私たちを育んで下さった
つまり大いなる存在の父上であり、母上なのです
“老い”はどうしてそのような大いなる者達にも
苦の時間として覆い被さるのでありましょうか。
おそれを取り除く御手