千 年 の み ち

“渡り鳥” が描く今と未来               たちばなマルコ

イイコは“危険な所には”近づかない  :時事記事


★ ほとんど予約記事ですが、
 今回は今のトピック記事です ★

 

***

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    相当時間、マーケットから離れて、♪
    美味しいご飯の色々な工夫を見ていた。

 

とお~くから眺めていると
世界中の金融市場ではコロナ禍を吹っ飛ばすように
あれよあれよという間に劇的といえる上昇をみせた。

 

ところが先週からだけど、突然下落に入った。

買ったり売ったりする人々を横目に
マルコは「見てるだけ」の状況だ。
そして、今ますます現金比率を高めようと決めている。

世界を席巻するNY市場へ資金が集まって、
ナスダックなど史上最高値を更新した。 
     目をパチクリ・・・

 

ずっと前に、大底指標の一つである新聞一面の記事を述べた。
結果、大したことはなかった

  詳しくは記さないけど、どの新聞も断続的に
  数日記事になっただけだった

これは大底のサインにならない。

 

さて、現状   陰気な記事を載せるね。

 

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           日本 Topixに離れ小島が出た <一目均衡表>

 

またもや、きれいな離れ小島ができての下落モードになっている。

アメリカも日本もこんなに美しいアイランドリバーサルの出現って
めったにお目にかかれない。
   芸術的だなとため息が出る

 

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    米国 Sp500のアイランドリバーサルと マルコ売サイン 


そして、マルコが組んだテクニカルプログラムでは
先週半ば以降からつぎつぎと売りサインが出だして、
5指標とも「あんた、買ったらあきまへん」と
諭してくれている。

例えば、MACDの売りサイン、RSIとサイコロの
組合わせの売りサイン、大引三段抜足その他だ。

一目など雲の交差に向かって下落している
理屈ではない動物的勘では、いやぁ~な気配がする


ジョージソロスは危機が迫ると体に異変が起きたという。

 

マーケットに対峙するとき
マルコは「予想しない」という決まりを持ってる。

 

ただ、それよりもっと上位の決まりの
  「おっかない所にちかづかない」
を心して守っている、イイコになった。

 

千年構想の仲間から、
「マルコ、まだかいな?」と聞かれるけど、
マ「わたしゃなぁ、マーケットの決定者やないんで
    待つしかないんよねぇ」
とあやふやにしか答えられない。

 

さてさて、医療関係の方々へ!

少なくとも、ほとんどの人々がする
「極高値で買って、極安値で売る」
ことだけは卒業しましょう

 

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 アメリカの市場では、珍しい逆三角保ち合いになっている!
        これは 炭鉱のカナリア でもある

 

 

 老いの慟哭-3  もういくつ寝るとお正月

 

    youtu.be

       

 

マルコの父上はやりたいことをなし終えて、
満足と平安に満たされた日々を送り
わずかな苦しい日々を経て善逝を全うしたといえましょう。

 

一方母上は動くこともままならない状態で長らく施設におります。

 

吾が父上や母上は約束をいつも守ってくれました。
ところがマルコは不肖者で、全ての約束を破ったのです。


これらは娑婆ではどうってこともないことでしょうが、
天に慚じてしまうのです。

 

宝塚で母上と暮らしていとき、寝床を整えていると

「マルコではありません」と
サラサラと裏に書かれた広告の紙が出てきました。
おそらく死んだときのことを思い、配慮しての書き置きでしょう。

青年時代には、どうして気づいたのか不思議なのですが、ガールフレンドと
まとまるようにとこっそり心配りがありました。
相手の母親にそれとなく探りを入れてくれたのです。

 

そうした母上という存在に一番の喜びを贈るには、
“頼む”のが一番でありましょう。


ですから危ないといってさせてくれない施設に道具を持ち込んで
「枕カバーのほつれ直してね」とか、「暑苦しいから散髪頼んでいい?」と
語りかけると最高に嬉しそうな顔をします。

その仕上げがどんなにクネクネ縫い目のお針子でも、
へんてこな虎刈りでも最上の散髪屋さん。

 

人生の冬をひかえても元気な頃、二つ目のよかれは
希望を叶えてあげることと思い立ちました。

母上はしばしば「お父さんはねアメリカが好きじゃなかったから、
ハワイへ連れて行ってくれなかったの」残念そうにいっておりました。

 

そこで大風呂敷好みのマルコは、「ジェット機を1台借りて
母上をハワイへ!」計画をたてました。
千年構想の実現のため始末生活しているマルコがです

 

当時ある外資系の銀行のプレミアの客になると、クレジットカードの特典で
300万円ほどでハワイへジェット機を飛ばせたのです。

 

ホノルルの「天国にふさわしい館」ハレクラニホテルに
一週間ほど泊まってくるという予定です。
ところが残念なことに、色んな事情でその銀行は
日本の支店を畳んで撤退してしまいました。

 

同時にジェット貸切でとあれこれ構想を拡げて考えているうちに、
母上はいつのまにか施設に送られてしまったのです。
縁がなかったのですね・・・・

 

しかたなく私が単独ハワイにゆきホテルの写真を撮ってきて
見せることにしました。

いまではバーチャル・リアリティーでプレゼントできるでしょうね。
実現は難儀でしょうけれど。
施設の事情はよく分かりますが、足こぎ車椅子コギーや
ウエラブルロボットを試させてといってものっけから拒否ですから



それはそうとして、これを皮切りに母との約束を
まったく守れなくなりました。

母上の世代は食糧難をくぐり抜けたので、なんの苦もなく
自給を生活に取り入れます。

そんな母上と一緒に庭を設計して、花と作物の花園にしてあげると約束しました。
ですから母上にとっては思い出と丹誠込めた自宅に帰ることが大きな望みなのです。

 

施設を訪問すると小さくなっている母上はこの時とばかり
本音を言います。今まで口にしたことのない愚痴です。

そして
「今は八朔の花が咲いてるわね。その脇のサクランボは
 孫のHのために植えたのよ 鳥が先に食べるからちゅういね。
 あんたちに美味しい桃を食べさせたくて植えた白桃はどう?」
などと自宅の話をします。

 

そして母上は耳と心に痛いことを必ずいうのです。


「今度はいつ家に連れて帰ってくれるの」
「これから連れて帰ってくれるのね」

 

それに応えるマルコは嘘ばかりいうのです。

「明日ね」とか「そう、一緒に帰ろうね」

すると母上の顔は喜びに輝きます

 

時折施設のベッド下に泊まるのですが、寝る前に
「明日一緒に帰ろうね。
 かえりに、好きなもの買ったげる」
とそれは楽しさ満悦で眠りに入ります。

 

その夜中に歌が聞こえたのです
♪も~ぅ い~くつねると、おしょうがつぅ~♪

♪おしょうがつにはたこあげてぇ~、
      こまをまわしてあそびましょ~♪

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あくる朝、約束を裏切ることになりますから、
家に帰りたい一心が別れをつらくします。

 

全ての力を込めた手で車椅子を回し突進して
エレベータへ乗り込まれようとするのです

「私も一緒に帰る!」
それを若い施設の人がグイと押しとどめる

 

母上の懇願のまなざしと、骨折だらけの不自由な手を折れんばかりに
力を入れる姿を振り切るかのようにドアは無機的に閉まります

 

いくたび悲しさや落胆の冷や水を浴びせたことでしょうか

 

 

さて、まるこが世間と争っている間にたくさんのご縁があり
また父と縁の深い金沢に引っ越ししました

その後すぐ母上は気が違ってしまわれたのです。

 

それはきっと、マルコがほとんどの約束を破ってしまい、
おまけに訪れる回数が激減したからでもありましょう。

 

施設も世間も安全を旨として、不自由な高齢者を外出させるのに
暗黙の抵抗をしました。介護タクシーもそっぽを向きます。
ただマルコの友人だけが帰宅の骨折りを手伝ってくれました。

 

曾野綾子身体障害者の“死んでもいいから”の望みを叶える
海外旅行を断行したニュースにマルコは拍手を送りました。

 

 

これからマルコは「もういくつ寝るとお正月・・・・」などと
口ずさむことはないでしょう

 

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老いの慟哭-2 老いゆく父上母上への贈り物は?  長文

 

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           活躍の果てに


ある大銀行の保険窓口で妙齢の行員がシクシク涙を流した。

保険の勧誘説明を受けていたとき突然のことだった。

 

「マルコはね、保険金残す必要ないんよ」とゆるりと申しわけなくいった。
「母しかおらんし、死んで残す人がいないんよなぁ。
 母上も一生懸命年取っても生きなあかんのよ」と口にしたとたん

行員「わたし、母が大好きだから、どんなに植物人間になっても
 生きていて欲しいの」と涙を急に流しはじめた。


マ「さよか、さよか、そうやろな・・・」
わたしはオロオロするしかなかった。

 


三宮地下駐車場での出来事もまだ鮮やかに憶えている。

 

懇意にしている歯医者さんに母上を連れて行って
その帰り自動車にゆっくりと乗せているときのことだった。

 

「このばか!一体何回いったらわかるの!!!」
それはすこうし離れた向かい側での自動車の横で発せられ
キンキンと響き渡ったののしりの絶叫だった。

 

どうやら状況からさっするに、車椅子に乗った老母を自動車に
乗せようとしているさ中に、怒りが爆発したのであろう。
娘さんらしき人が鬼の顔をしていた。

 

マルコの母上は耳が遠いから気づくこともなく、自動車にえっこらしょと
乗り込んでいた。耳が遠いことはよきことだねぇ。

そして、先ほどの銀行員の40年後が見えるようだ。

 


三十年ほど前に、ある老人施設の出来ごとも焼きついている。

 

知り合いの奥さんが倒れて老人施設にいるというので見舞に行った。
入口から入ったとたんのことだった。
窓からの陽を浴びて、車椅子に乗せられた5、6名の高齢者が
そこかしこにいるのが目に飛び込んできたのだ。

 

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              夢物語

その時の印象は強烈だった。なにしろ、ほとんどのご老人は
とけた餅のように力なく車椅子にとろけ込み、
みんなが一斉にマルコに視線を向けたからだ。


目が叫んでいた 
「たすけてぇ!そこのニイさん」「どうにかしてぇ!!!!」

 

       

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       ゴッホ  永遠の入り口にて

つい近頃、死を願われる老人の話しも聞いた。

 

マルコにふんだんな智慧をくれるあるお人が仲間内で会合を開いたという。
すると次第に親の介護の話になって、その大変さが話題の中心となったそうだ。

 

頭は惚けて体が生きている親の“そんなはずではなかった”長寿にあわて、
金の計算をしてえらいこっちゃ!と本音があとで出てきたそうだ。

 

その先に「はよう、死んでくれたらほっとする」などと
笑うことのできぬ本音が酒の入った仲間内から
ぽつんと出てくる始末だったとか。

 

          

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それが現実なのである。そうした現実を若い人は体験も少なく、
自分は元気だから先を体感や実感することは少ないだろう。


過去の延長での思慮のない感傷に身を任せ気楽に泣き崩れる先行きが
いずこに向かっているかも気づかないのだ。

 

 

まったく同じように、竹林亭に遊びに来た女の人は
菓子を差しだすマルコ手をみて「しわが寄ってる」と自分と比較していった。


また、くさいとかきたないとかいって、皮相な感覚印象をのべ
生き物として誰しもがたどる道に思いを馳せることのない見方に
がっかりを通りこして憐れさえ感じた。

 

 


それはさておき、マルコは何十年も前から父上母上といっている。

その意図は二つあって、一つは見返りをまったく求めぬ無私の慈愛を注いで下さる存在に
あるいは、身を削って子らや後進のために死に行く存在に、
キリストやゴータマのような崇高さを観るからだ。

 

自らを振り返って反省するけれど、自分中心に考えてしまう。

そうならないよう慎みと慚(ハズカシ)しさを持ち続けるため、
無私の慈愛を惜しげもなく降りそそいでくれる存在を一般化して、
ありがたみと我が身もとの憧れを抱くためである。

 

多くの父や母、先祖達、または今の社会で陰徳を積む人々。
さらには、社会の父上母上、宇宙の父上母上・・・・

 

私たちが無私の慈愛をふんだんにいただいたその人々に
どう向かい合うのか。その老いにどう対処するのか・・・
人それぞれで方法は70億通りある。

 

マルコは消去法で、老人施設のご老人のような
うつろな人生を送る老人にだけはしたくないと
三十年前に思ったのだ。

 

www.youtube.com

 

人には死に時がある。
おしまれ、悲しまれ、よき思い出を紡ぎ
きっちりとした結び目を作ることが
無私の慈愛に対するお礼ではないかと感じている。

 

一時の自分勝手な感傷で、尊い人々を
人生のない悲惨な状況にだけは
おとしめてはならないように思うのだが。

 

 

そして欲張るならば、父上や母上がこの世でやりたいこと希望を
叶えるお手伝いをすることではないだろうか?

 

     ☆長生きではなくて善逝
      蟄居ではなくて希望を叶えて

           さし上げることだ☆

 

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 老いの慟哭-1 序曲 ゆくみち


  ある物語

   

人の世界で悪事をなし、死んで地獄に堕(お)ちた罪人に、
閻魔王(えんまおう)が尋ねた。

 

「おまえは人の世界にいたとき、三人の天使に会わなかったか」
「大王よ、わたくしはそのような方には会いません」

 

眉をひそめた閻魔様は
「それでは、おまえは年老いて腰を曲げ、杖にすがって、
 よぼよぼしている人を見なかったか」
「大王よ、そういう老人ならば、いくらでも見ました」

 

「おまえはその天使に会いながら、自分も老いゆくものであり、
 急いで善をなさなければならないと思わず、
 今日の報(むく)いを受けるようになった」

 

「おまえは病にかかり、ひとりで寝起きもできず、
 見るも哀れに、やつれはてた人を見なかったか」
「大王よ、そういう病人ならいくらでも見ました」

 

「おまえは病人というその天使に会いながら、
 自分も病まなければならない者であることを思わず、
 あまりにもおろそかであったから、この地獄へくることになったのだ」

 

「次に、おまえは、おまえの周囲で死んだ人を見なかったか」
「大王よ、死人ならば、わたくしはいくらでも見てまいりました」

「おまえは死を警(いまし)め告げる天使に会いながら、
 死を思わず善をなすことを怠って、この報いを受けることになった。
 

 おまえ自身のしたことは、おまえ自身がその報いを受けなければならない」

                   (パーリ、増支部 3―35)
             『和英対照仏教聖典』185頁14行-187頁15行

   

 

移ろいかわる浮き世で、へらへら生きていた若いマルコは
三十代にいろいろな三天使に会うはめになったのです。

 

百年も長たらしく生きなくてはならない不幸な現代では
長くもつらい老いの時をどうして送らなくてはならないかを
かこち嘆くのです。

 

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            フン!わたしゃ違う

 

そこでマルコが工夫した一つは、七×でした。
一年は0.7年とします。一月は三週間、七十才は人生五十年の頃と同じ。
世の変化は早まるけれど、時間の密度を希薄にしたのです。
あとは人生密度で人それぞれといえましょう。

 

これからしばらく、長寿を願った人類の行き着く
老いの嘆きについてシリーズで記事します。

 

 

    佳人薄命  Whom the Gods love die young.

 

    本当の神に愛されたいものです

  

 ゴム紐


年初からですけれども、ゴム紐が緩んで
下着も、トレーナーもずり落ちてばかりです

 

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         こんなのがずり落ちる

 

買い物に行くさなかに、しょっちゅうたくし上げるんで
会う人が笑います

 

もう八ッつほど入れ替えをしたのですよ
緩めにすると結び目が外れてまた一からやり直し。

逆にきつ過ぎるといつも腹が苦しくなってもちません

 


社会のゴム紐がきつく締め付けられるコロナ騒動時は
ゆるむお人に厳しいお達しが飛んでくる

 

ネバナラヌからの脱却を父から訓戒としてずっと意識してるのですが
世の中の常識の縛りは父や大拙先生の仰せの通りです。

 

特にうるさい“道徳家”の人々は自分の鏡なのにやたらと人に
ああせい、こうだと得意げに非なるものとしてあげつらうのです。

 

マスコミの報道でもめ事をきくにつけ、エライこっちゃなぁって
きついゴム紐の実感がします

 


島田の大いなるものに沿って生きている修道師さんは
マスクせず日々豊かな心と笑顔で暮らしているとのメール。

 

キリストさんが仰せの通りなのです。
「あなたがたはなにに驚き騒ぐのですか」

 

ネバナラヌの世界では、ほとんどが人ばかりみている

狭い人の世半分、大いなるものの世界半分などにしたいと
マルコは心がけます

 

さっきほどけたゴム紐を快適なきつさにしあげて
平安に過ごしたいと念じました

 

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        ハハハ

 大拙博士お好みの花  :牡丹


園友が
「マルコ、一本あげるよ」と
みごとな一枝をくれた。

 

「ほのかないい匂いでしょ」
マ「なんと、あまい・・・」

 

父の大恩人、鈴木大拙先生の掛け軸前にいけた。
大拙先生もにっこりされるだろう。

 

 

 

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二日して満開前に近くの友人に
開花お裾分けした

 

 

 

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          森田画伯

ツケは誰に??

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           空高く



どこの国でも、1930年当初の大恐慌以上という国難
この際!と、驚くほどの種類と額の給付金をばらまき始めてます

 

目先の金巡りの困窮に、飢えに、社会混乱防止にと
大義名分はよくわかります

 

さて、政府とは国ではありません

政府が“金”ばかり払うのだけどそのツケは誰が負担するのだろう?

 

決めた政治屋さんが払ったという歴史は一度もない

 

緊急性より重要性の方が長い目でみると大切だけれど
    見向きもされないのです

 


さてさて、老いぼれたマルコは

これから十年間の思いもかけない激変を

きっとため息をつきながら眺めることとなるでしょう

 

 

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             おのこは泰然と

  

 

  独り言: よし、千年構想のほんの一部を政治家さん達に

       提案しよう  ツケではのうて贈プロジェクトをね